光門教(みつかどきょう)。
聞いたことがある方は少ないのではないだろうか。というのも当然で、私が通っている大学にサークルとして存在している宗教なのだ。表向きは同好会で、大学に通っている生徒でもほとんど知らないほど目立たない地味なサークルだ。
私がこの宗教に興味を持ったのには理由がある。友人から聞いた話だ。そのサークルに所属していた友人の友人(以降、Hさんとする)が、夏休みの後から大学に来なくなってしまったらしい。連絡はつかず、家に行っても留守。結局、友人とHさんは音信不通になってしまった。しばらくして彼女の家族が捜索届けを出したのだが、未だにHさんは見つかっていない。
不謹慎な話だが、私はこういった類の話に目がなく一度でいいから体験してみたいと思っていた。Hさんには悪いが絶好のチャンスだ。何もせずにいるのは勿体ない。
私は新入部員という設定で光門教に潜入することにした。入部届を提出した翌日、入信の儀式を執り行うために本部へ向かうことになった。
***
入信当日、私は部長から聞いた光門教の本部へ向かうため高速バスに乗っていた。市内のバスターミナルから三十分ほど走ると、都会的だった景色はすっかり一面緑に塗り替えられた。車窓から見える景色はどこか懐かしい。
それからさらに数時間ほどバスに揺られ、施設の最寄りのバス停で降りた。10分程歩くと大きな門の奥に校舎に似た白い建物が見えてきた。中に入るため、門の横にあるインターホンを押す。
しばらくすると、白い長袖のワンピースのようなものを身に着けた感じの良い女性がやってきた。不信感や嫌悪感は全く感じられないが、どこか違和感を感じる。
「こんにちは。教祖様からうかがっております」
女性はそう言うと、門を開けた。重厚な門がギギ、と無機質な音を立ててゆっくりと開く。女性の案内に従って先に進んだ。
「着きましたよ。こちらが本家の施設です」
女性に促され前を向くと、青々と茂る木々を抜けた先にポツンと佇む施設があった。玄関に案内されたので、挨拶をして奥に進む。廊下や窓枠まで白く塗られており、清潔な印象だ。
女性の後について歩いていると、ふとあることに気が付いた。出会った時の違和感の正体。彼女の左手首だ。白い紐が括りつけてある。その先には...。
幼稚園児の落書きのような少女の顔があった。隣には毒状態のハムスターのような生き物も描いてある。私がそれを凝視していると、女性は察したように微笑んで口を開いた。
「これ、気になりますか?」
素直に頷くと、落書きの少女について快く教えてくれた。
「彼らはおとうと、もしくはいもうとと呼びます。入信したら常に一緒に行動しなければなりません。ずっと手に持っているのは大変なので腕に括りつけている信者が多いですね。みんな本名があるので名前で呼んであげてください。ちなみに私のいもうとは斉藤めいんちゃんです」
斉藤めいんちゃん。イマドキな名前だ。名前を呼んでみると、風もないのに
ゆらりと揺れた。しばらく歩くと、応接間に着いた。
「教祖様をお呼びしますので、お掛けになってお待ちください」
礼を言って中に入ると奇妙なものが目に入った。揺らしたらグヨグヨいうア
ヒルがついている棒に毛糸が巻いてある。巻き方が少し雑なせいで変態貴族のペットの様になっており、気の毒だ。シャボン液で満たされた筒の表面には「ろぼこんじょう」の文字。どういう意味なのだろうか...。
頭を捻っていると、背後から低く穏やかな声が。
「それはカルマ・データと言って...光門教の教祖たちは皆、罪を可視化して持ち歩くんです。悪いことをした、またはしたと感じた場合に毛糸を棒にひと巻きするんです。反対に良いことをした場合はひと巻き戻します。こうすることによって常に善い心を持つことを意識することができるというわけです」
驚いて振り返ると、短髪の好青年が立っていた。案内してくれた女性と同じで白い衣服に身を包んでいる。
「申し遅れました。教祖の*と申します」
そう言って深々と礼をする。驚いた。教祖というくらいだから支配的で横柄な人物なのではと身構えていたが、そんなことはなかった。むしろ真逆だ。私の動揺を知ってか知らずか、教祖は話を続ける。
「これ、カルマ・データが最大値になった場合...どうなるか気になりませんか」
好奇心に負けて頷く。
「確か...どすこいラビリンスのカルマ・データがもうそろそろ...すまない、どすこいラビリンス、君のカルマ・データを見せてもらってもいいかな」
どすこいラビリンス?
「ええ、光門教の信者の一人で...光門教は入信するとイノセント・ネームという特別な名前が与えられるんです。教団の施設内ではこのイノセント・ネームを使って呼び合うんです。どすこいラビリンスは元々相撲部だったので相撲にちなんでつけたんですよ」
いい名前ですね、と言いかけた瞬間、背後から「ごっつぁんです」の声。驚いて振り向くとふくよかな青年が立っていた。恐らく彼がどすこいラビリンスだ。どすこいラビリンスがピンク色の毛糸が巻きつけられた一本の黄色い菊を差し出す。教祖が目だけで笑う。
「持ってみますか?カルマ・データ」
折角なのでカルマ・データを持たせてもらった。見た目以上に重い。どすこいラビリンス罪深いな。
「それ、持ち帰っていただいて結構ですよ」
彼の提案に首を振る。他人の罪を持ち帰るのはいい気がしない。
「彼は今日付けでテンソウなんですよ。ですからカルマ・データは不要です」
テンソウ?なんのことだろうか。
質問をしようとした瞬間、コツッと軽い音がした。机に目を向けるとメガネをかけたカブトムシの玩具が目に入った。どこかに飾っていたものが落ちてきたのだろうか。
「紅ごはん、応接間に来たらダメじゃないか」
紅ごはん?これってただの玩具じゃ...。
「それは...考え方次第ですね。私は生きていると思います。ぬいぐるみや人形もそうなんですけど、自分が見てない時間とか外出してる間は自由に動いているんだろうなあっていう...紅ごはんも同じなんじゃないでしょうか」
はあ...そういうものでしょうか...。結構ロマンチックなんですね。
「面白くていいじゃないですか。ところで...テンソウについて知りたいんですよね」
はい、教えていただけるなら是非...。
「では地下へ移動しましょう。ここの地下はテンソウ専用の施設になっているんです。もうそろそろ時間ですから、どすこいラビリンスのテンソウを行いましょう。ついてきてください」
どすこいラビリンスと共に教祖の後についていく。しばらく歩いて階段をおりると地下室に到着した。清潔で陽当たりの良い施設とは違い、埃っぽく不気味な雰囲気が漂っている。
「それでは、テンソウを行います。どすこいラビリンス、こちらへ」
どすこいラビリンスが教祖の指示通り、おでん柄の布の上に立つ。教祖がどすこいラビリンスの正面に移動し、小声で呪文のようなものを唱えると最後に手を叩いた。
その瞬間、目の前が白い光に包まれた。反射的に顔を伏せる。ゆっくりと目を開けると、布の上に何かが乗っているのが見えた。
緑色の紅ごはんだった。そんな、どすこいラビリンスが...ということは紅ごはんは...!!
教祖は驚く私を見て微笑み「他言無用でお願いしますね」と囁いた。
その後は教祖の案内で地上に戻った。応接間でしばらく休み、教祖に見送られ帰路についた。無事に帰宅できたことがなによりの幸運だった。
以上が私の体験と光門教の実態だ。次回は巷で噂のカルト宗教、ウルトラハッピーハピハピ教について調査していこうと思う。
(おわり)